人もモノも情報も、コロナも運ぶ「乗り物」の話【今月分の未来さん・2020年8月分】

未来というのは100年後、1000年後に一気に来るわけではありません。
SFの中で語られるような「未来」は実は、毎日のように現れていたりします。
本コラムは、書評家の永田希さんによる、そんなリアルタイムな「未来」の月間まとめレビューです。

 わたしたちの日常は、いつまた非常事態宣言が出るかわからない不明確な状態の上に、シュガーコーティングされたように維持されています。時事のテクノロジー周辺の話題を論じる本連載の第1回は、ソーシャルとディスタンスを組み替える流通と通信の古今と未来について書いてみようと思います。

コロナ騒ぎと「移動」

 世界に蔓延している新型コロナウィルスへの脅威に怯え、国内観光も海外渡航も容易には出来ません。何に気をつければ安心なのかわからず、気にしないにしてもどこか空恐ろしさがつきまとう。家族や友人、同僚と互いに眉をひそめ合い、互いを心配する毎日。どれほどの感染予防になるのかわからないままマスク着用を新しいマナーとして押し付けられ、生活習慣の変化を余儀なくされて暮らしています。 日本は他国と比較して重傷者数が少なく、現在では騒動の初期のような危機意識も確実に薄れつつあるようにも見えます。感染者数がダントツで多いアメリカ合衆国では、白人低所得者のフリをして大騒ぎするというホワイトトラッシュバッシュというイベントで、敢えてマスクなしで互いに密着する参加者が多数集結したというニュースがありました。

コロナ感染大国アメリカでマスクなしの密着パーティー、警察も手出しできず|ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト
<コロナ死者数7500人にのぼるイリノイ州の川で行われる恒例のパーティーには、2...

 ホワイトトラッシュバッシュは毎年各地で開催されているパーティなのですが、今年イリノイ州で開催されたイベントには二百隻のボートが乗り付けられ500人から1000人が参加したと推測されています。 アメリカではコロナパーティと呼ばれる、敢えてウィルスに感染しやすい条件を揃えて行われるイベントが多数開催されており、感染症の脅威をデマだとして嘲笑する若者たちが参加していると言われています。しかしコロナパーティ(イリノイ州のパーティとは別のイベント)に参加したのちに重症化し死亡する例もニュースになっています。

あえて感染? “コロナパーティー”に参加した30歳の米男性が死亡「僕は間違っていた」(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース
 “I think I made a mistake. I thought this was a hoax. But it’s not. (僕は間違っていた。デマだと思っていたんだ。でも本当だった。

 日本でも、自虐的にクラスターフェスと銘打たれたイベントが開催されました。渋谷の駅前にマスクなしで集結し、その後、山手線にマスクなしで乗車するというもの。主催者は国民主権党を名乗り、やはりコロナ騒ぎはマスコミのデマだと主張しています。

 コロナ騒ぎによって、海外渡航のための海の道も空の道も制限され、日常の足である鉄道すらもジャックされる、その一方で、テクノロジーは成層圏や宇宙を開拓しつつある、これが2020年の状況です。

 今年2020年8月、NASAが打ち上げたSpaceXの有人宇宙船が無事に地球に帰還しました。また、7月にはソフトバンク傘下のHAPSモバイルが、成層圏で通信基地局の役割を果たす無人航空機の飛行試験を完了したと発表しました。HAPSモバイルは、Googleの親会社Alphabet傘下のLoon社と提携して、成層圏通信プラットフォームを手掛ける企業です。

有人宇宙船「Crew Dragon」、無事地球に帰還
NASAが5月30日にISSに向けて打ち上げたSpaceXの有人宇宙船「Crew Dragon」が8月2日、無事地球に帰還した。フロリダ州のメキシコ湾沖にパラシュートで降下した宇宙船をSpaceXのチームが回収し、2人の宇宙飛行士は海上に降り立った。
成層圏通信のHAPSモバイル、無人航空機の飛行試験を完了 今後は成層圏空域でのテストに移行
ソフトバンク傘下で成層圏通信プラットフォームを手掛けるHAPSモバイルが、成層圏で通信基地局の役割を果たす無人航空機「Sunglider」(サングライダー)の基本的な飛行試験を完了したと発表した。

 わたしたちの頭上に広がる「空」を、さまざまなサービスの可能性に満ちた空間として開拓しようという新しい試みが徐々に成果を生み始めています。

 NASAとSpaceXは人を宇宙に送り、また帰還させました。LoonとHAPSモバイルは情報を成層圏に送り、また地上に送り返そうとしています。ホワイトトラッシュバッシュに集結した二百隻のボートも、クラスターフェスで利用された山手線も、人間を乗せて運搬するためのものです。しかし現在ではそれは、目に見えないウィルスをも運搬している可能性があるものです。

映画が描く「乗り物」

 人はこれまで、さまざまな乗り物を使って、人やモノを運んできました。たとえば2019年公開されたアニメ映画『天気の子』では、離島で家出をした少年がフェリーに乗って都心を訪れます。思えば、『天気の子』の新海誠はデビュー作『ほしのこえ』で、遠い宇宙へと探索の旅に出ることになった少女と、地球に取り残される少年とが、電子メールでやりとりするという物語でした。『ほしのこえ』は、少女を乗せる宇宙船と、ふたりの言葉を担う電子メールという、2つの乗り物が描かれた作品だったのです。

 映画と乗り物は相性が良く、とりわけアニメーションの世界ではスタジオジブリの宮崎駿監督の飛行機好きはよく知られています。『風立ちぬ』は戦時中の零戦開発に携わった主人公の物語ですし、飛行機乗りを描いた『紅の豚』、猫バスという印象的な「乗り物」が登場する『となりのトトロ』、巨大な城がそのまま移動する『ハウルの城』など、乗り物という観点でジブリアニメを眺めてみると、なかなか面白いことに気がつくでしょう。

 いくつも興味深い作品があるなかで、今回とりわけ言及したいのは『魔女の宅急便』です。とはいっても、主人公のキキが乗るホウキではなく、序盤でキキが乗り込む貨物車の場面を思い出してください。現在のわたしたちは、普通に券売機で切符を買ったり、チャージ済みのスイカなどのICカードを読み取らせたりして客車に乗り込みますが、キキは空から地上を走る列車の貨物車にいわば無賃乗車をします。 今でこそ運賃を支払って客車に乗るのは当たり前のことですが、かつては鉄道に限らず、隙あらば無賃乗車をする人たちがいました。今でも長距離列車に乗っていると、乗車券を確認する車掌さんがやってきますが、無賃乗車をする人たちはあの手この手で車掌さんの目を掻い潜り、運賃を支払わずに済まそうとしていました。

 1933年のアメリカを舞台にしたロバート・アルドリッチ監督の名画『北国の帝王』は、そんな無賃乗客と鉄道会社との戦いを描いた映画でした。そもそも鉄道を走る蒸気機関車は、映画の父として知られるリュミエール兄弟が最初期に撮影したモチーフでもあります。大きな投資を必要としながら事業が成功すれば莫大な富を生み出す鉄道。それを利用して日銭を稼ぐしかない「持たざる者」たち。驀進する鋼鉄塊は、そんな近現代を象徴するふたつの「在り方」をビビッドに体現するものなのかもしれません。

コロナ禍の中で輝く「目に見えない乗り物」

 他方で、目に見えない「乗り物」もあります。情報伝達のための「乗り物」です。昭和を象徴するような電信柱を経由して電話が繋がれていたのに対し、現在では電線は地下に埋め込む施策が進行しています。目の高さを遥かに超えるところに渡されていた電信柱も、「情報の乗り物」を不可視化していましたが、地中に埋め込まれればさらに「情報の乗り物」は見えにくくなります。また携帯電話などは人の視覚がとらえることのできない電波によって情報を運んでいます。スマートフォンは、眼に見えない電波でインターネットとつながっているのです。現代の「情報の乗り物」は直感的には手元にあるスマホかもしれませんが、実際にはひとまずは電波です

 電波はいわゆる基地局から送受信されています。基地局を想像できる人は少なくないかもしれませんが、その基地局同士を繋ぎ、さらには世界を覆っているインターネットまでがどのように繋がっているのかをイメージできる人はあまりいません。一般の人には見えないところが、情報の乗り物として日々運営されているのです。

 先に挙げたニュースのうちのひとつHAPSモバイルが手掛けているプロジェクトは、基地局を成層圏に設置するというもの。サービスエリアを拡大し、山岳地帯や砂漠など、これまで電波がつながらなかったところにまで電波を届けることを可能にするとうたっています。どこでもスマホからインターネットに接続できる日本の都市部に暮らしているとそのありがたみはあまり理解できないかもしれませんが、これまで僻地として遠ざけられていた土地に暮らす人たちがインターネットに接続できるようになる意義は計り知れません。

 コロナ騒動によって異動が制限されたことで、オンラインで観光をしたいと思った読者もいるかもしれません。ZOOMなどでオンライン会議をしたり、オンライン飲み会を楽しんだ人はたくさんいるでしょう。さまざまな場所に高感度のセンサーを設置し、広範囲をカバーする基地局を成層圏に飛ばすことができれば、その土地の空気や特産品を味わうことこそできなくても、視覚や聴覚でその場所に行った気持ちを楽しむことはできるようになるでしょう。家の中に閉じ込められて、その反動で「外に出たい」と強く思うようになったからこそ、そんな未来への願望も高まるのではないでしょうか。

 余談ですが、コロナ騒動のために音楽フェスのかたちを工夫する動きがあり、自動車に乗ったままレイブに参加できるドライブインフェスが話題になりました。

 コロナ騒動よりも前から、スピーカーを使わずにヘッドホンで音楽を楽しむ「サイレントディスコ」という試みがなされてきました。ヘッドホンや車内空間は、自宅の個室に閉じこもったまま移動できる装置です。オーディオビジュアルの技術と電波技術、電気自動車のインフラが整うことで、新しいベッドルームミュージックの地平が広がっていくといいなと思っています。

永田希
書評家/時間銀行書店店主。
週刊金曜日書評委員。
『積読こそが完全な読書術である』(イースト・プレス)を2020年4月刊行。

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