アカウント・アイデンティティ格差社会――SNSで問われる「生き方」の話【今月分の未来さん・2020年9月分】

未来というのは100年後、1000年後に一気に来るわけではありません。
SFの中で語られるような「未来」は実は、毎日のように現れていたりします。
本コラムは、書評家の永田希さんによる、そんなリアルタイムな「未来」の月間まとめレビューです。

 日本では60代以上のシニア層ですらスマホ利用率が77パーセントを突破し、ほぼ誰でもスマホを持っている時代になりました。グローバルでもスマホ保有率は5割を超えています。スマホは肌身離さず持ち歩くデバイスであり、主にスマホで利用されるSNSはユーザーの生活をネットに吸い上げる装置として機能します。

 スマホとSNSのその「機能」が今後の人々の生き方をどのように変えていくのか、それを今回は見ていきます。

TikTok vs FacebookのVR事業

Yahoo!ニュース
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 中国に本社を置くバイトダンス社が開発運営しているモバイル向けショートビデオプラットフォーム「TikTok」。そのユーザー数は世界で8億人と言われています。トランプ米大統領によってアメリカでの事業を閉鎖するか米企業に売却するように強制されていることが最近の話題になっています。

 TikTokの特徴は、最大1分(60秒)という短い動画をスマホユーザーなら誰でも気軽に撮影・編集・投稿できるという点、そして独自のアルゴリズムでそれらの動画がユーザーにレコメンドされるという点にあります。

 各種ブログやYouTube、Twitter、Instagramの登場以来、誰でもコンテンツをオンラインに投稿できるようになり、そのアクセスをどう稼ぐかというゲーム要素、攻略要素に対するアプローチも鑑賞の対象になってきました。ウェブページのSEOも同様だと言えるかもしれませんが、短い動画しか投稿できないTikTokは、140字以上投稿できないTwitterのように「制限がコンテンツの内容を左右する」ことが見てとりやすいプラットフォームです。

 TikTokがユーザーに提供しているサービスは先述の通り、撮影、投稿、閲覧の他に「編集」があります。スマホのなかで自分が撮影した動画を編集することができる、動画版のInstagramと言えば分かりやすい人もいるかもしれません。しかし他のユーザー、とりわけ人気動画と同じエフェクトで自分の動画を編集できるということには、おそらく独特の快感が伴います。「なりたい誰かになる」「みんなの人気者と同じになれる」という多くの人に共通する無意識の快感ポイントを的確に慰撫してくれる機能だと言えるでしょう。

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 一方Facebookは、月間アクティブユーザー数27億人という、TikTokを遥かに凌ぐ数字を誇り、SNS界の雄としてさまざまな事業に投資をしています。そのなかでも今後の世界観を大きく変えそうなものにVR用ヘッドマウントディスプレイ(HMD)およびそれに関するソフトウェア開発をしているOculus社を傘下に従えたことが挙げられます。

 Facebookの創業経営者であるマーク・ザッカーバーグは将来的にVRヘッドセットを10億人に行き渡らせることを目指していると語っています。現在のTikTokのユーザー数を上回る数字です。

 TikTokのような制限されたコンテンツを消費するサービスではなく、FacebookがVRで提供しようとしているのは没入型のゲームコンテンツや参加型のイベントコンテンツだと思われます。

フェイスブックが考える「VRの未来」、そのかたちが見えてきた
フェイスブックが、仮想現実(VR)と拡張現実(AR)の世界を“当たり前のもの”にする野望の実現に向けて着実に歩を進めている。このほどオキュラスの年次開発者会議で発せられたメッセージは、次世代VRの実現にはまだ時間がかかるというものだった。しかし、そのかたちは明確に示されている。そして「あとはそれを実現させるだけ」だとい...

 TikTokのユーザ数をVR利用者が超える日が来る頃にはHMD は廉価化し、現在では想像できないくらい、人々の手の届きやすいものになっていると考えられます。

 しかし当面は、比較的高価な商品として流通し始めることは間違いありません。既に発売されたHMDも入手しやすい価格とはまだ言えません。

 にもかかわらず、FacebookがOculusを買収してVR路線を推進できるのは、数あるSNSのなかでFacebookがもっとも高所得ユーザー層を掴んでいるからだと言えるでしょう。

https://www.google.co.jp/amp/s/news.livedoor.com/lite/article_detail_amp/15641672/

 Facebookは、既に実社会で経済的成功をおさめ収入も人間関係も安定している人たちが交流の場の拡張として選ぶプラットフォームなのです。これに対して、TikTokは、YouTubeのようなリッチな動画を作る時間も技術も機材を買うお金もなく、スマホだけで作れる動画で、輝いている他のユーザーと「同じ動画」を撮ることで自己肯定をしようとするユーザーを多く抱えていると言えるでしょう。

 オフラインで社会的生活が保証されているユーザー、つまりFacebookのユーザー層と、オフラインでは社会的な安定をまだ得られていないTikTokのユーザー層。それぞれのユーザー層で、インターネットの使い方は異なってきます。FacebookもTikTokもユーザーの時間を出来るだけ占有し、広告を見せたり、直接に何かを売りつけようとするSNSであるところは同じです。しかし自社の提供する複数のサービス間でユーザーの体験を完結できるFacebookのユーザーと、他社の他サービスと併用する浮気性のTikTokなどのユーザーとは、おのずと異なった世界を生きているのです。

 これは生き方の問題であるのと同時に、オンラインの「人格」が「どれくらい分裂しているか」という問題でもあります。

 Facebookのユーザーはオフラインの本名と所属先や勤め先をオンラインでも誇示できるのですが、たとえばTikTokのユーザーはそうではありません。
(実際はどちらのサービスにも例外がいるのですが、ここでは概論としてあえて雑にまとめています)
 「なりたい誰かになる」「みんなの人気者と同じになれる」というTikTokの特性に惹かれたユーザーはいわばオフラインの人格を離れて、オンラインの人格を作り出します。オフラインの人格から乖離したオンライン人格を作りやすいTikTokでは、アカウントを作り直したり、複数のアカウントを使い分けたり、当然、複数のサービスを渡り歩いたり併用したりします。特にTikTokの場合、自撮りを加工できるので、アカウント名のような名前、所属や勤め先のような肩書だけではなく、見た目についても分裂が発生します。

複数のサービスで複数アカウントを使っている場合、改変できないのはオフラインの自分だけ、あるいはそのオフラインの自分が強く結びついている本垢だけとなります。実際のところ、多くのユーザーは複数アカウントを無意識レベルで使い分けることができないため、見た目上は別アカウントだが無意識では混線しているという状態になるでしょう。

 かつて作家の平野啓一郎が、個人をさらに細かく分割して場面ごとに異なる人格(分人)があるということを提唱していました。複数アカウントで複数サービスを利用するユーザーはまさにこの分人的な分裂を実践しつつ、しかしおそらく身体性の次元でそれを統合することに困難を経験します。

据え置きゲーム vs スマホゲーム、「格差」と分人の問題

米マイクロソフト、ゲーム機不要のクラウド型ゲーム配信開始へ
米マイクロソフトは15日、同社の家庭用ゲーム機「Xbox」だけでなく米グーグルの基本ソフト(OS)「アンドロイド」搭載のスマートフォンやパソコンで150以上のゲームを楽しめるクラウド型サービスを開始する。

 マイクロソフト社が、自社のゲーム機XBOXおよび、グーグル社のOS「Android」搭載のPC、タブレットやスマホ向けに、クラウド型ゲームサービスXBOXゲームパス・アルティメットを提供すると発表しました。

 これまでゲーム機ならではの高機能をスマホが実現できないという問題もあり、今後もスマホのみユーザーは据え置き型ゲーム機のユーザーとは格差を抱えたままになるかもしれません。

 Oculus社のHMDや据え置き型ゲーム機と比較すればどうしても性能に引け目のあるスマホですが、今後普及される予定の第5世代移動通信システムいわゆる5Gによって、重い処理は遠隔地にあるサーバー側で行い、スマホはその端末に過ぎないという利用の仕方が可能になります。もちろん、どんなに回線が速くなっても端末の機能そのものの限界はあるので、よりリッチな体験はHMDや据え置き型が必要になり、その意味での格差は解消されることはないでしょう。

 オフラインで社会的地位を得ていて、その人格との同一性を終始一貫させたいユーザーはFacebookを使い、VR空間でもその人格を使うでしょう。OculusのHMDで体験できるゲームやイベントによって彼らはオフラインでの社会的地位に加えて体験の共有という一体感を得られるようになります。

 一方、オフラインとオンラインを区別して、その切り替えを人生に持ち込んでいるユーザーはTikTokに限らず様々なサービスを利用し、VR空間に本名やオフラインでの属性を持ち込む必要を感じません(そもそもHMDを手に入れられないかもしれない)。仮にVR空間で遊んだゲームや体験したイベントがあったとしても、それはオンオフを切り替えた先の「アカウント」が経験したものであり、切り替えた側のオフラインの「自分」がそれを経験したと言うのには若干の逡巡が必要になります。この逡巡は、ある程度「自分」というものについての省察を経て生じるものなので、そういった省察をしない場合にはなんの逡巡も無いかもしれません。

アカウント・アイデンティティの未来

 しかしインターネットが人々の生活に浸透するに従って、オンラインとオフラインとで分離しつつある「アイデンティティ」をどうするかという議論が既に起きてきています。漢字に訳せば自己同一性となるアイデンティティ、オフラインで自己同一性が揺らぐ心配の無い人はおそらくオンラインでもその安定したアイデンティティでやっていけます。問題はオンラインでアイデンティティを安定させることのできない低所得者や若年者です。

 「自分が何者かわからなくなる」という単純な混乱ではなく、あるいはその混乱がなく、「自分は自分をわかっている」と思ったまま、無自覚に「自分」の統一感を失っていく。これは自己だけに留まらず、ゲームやイベントなどによって集団との一体感が演出される場合の「経験」の分散と霧消に繋がります。

 一般に、職場などではリラックスした心理的安定感がクリエイティビティや生産性を高めると言われています。当然、集団の中での一体感があり、かつ自己同一性に揺らぎがない方が心理的な安定感は高くなります。スマホやネットは便利なのですが、心理的安定感は、オンラインとオフラインの切り替え、各サービス間の「分人」の切り替え、それぞれの切り替えの際のストレスや意識できない分断、そしてはっきりと切り替えができない無意識の部分によって揺るがされ続けます。

 心理的安定感がほんとうにクリエイティビティや生産効率を高めるのであれば、人々はスマホやネットの利用についてもっとストイックになる必要があるのかもしれません。そうでないとしたら、心理的安定感が高めてくれる以上のクリエイティビティや生産効率を、心理的な不安定性から引き出せるようにするか、あるいはクリエイティビティや生産効率以外の指針を確立しなければなりません。これはつまり「どのように生きるか」という問題です。

 各種サービスや各デバイスの未来は、この問題を繰り返し問いかけてきます。

永田希
書評家/時間銀行書店店主。
週刊金曜日書評委員。
『積読こそが完全な読書術である』(イースト・プレス)を2020年4月刊行。

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