未来の性愛 ~インフラとしてのセクサロイド【今月分の未来さん・2021年2月分】

未来というのは100年後、1000年後に一気に来るわけではありません。
SFの中で語られるような「未来」は実は、毎日のように現れていたりします。
本コラムは、書評家の永田希さんによる、そんなリアルタイムな「未来」の月間まとめレビューです

 2月といえばバレンタインデーのある月。今回はラブ、つまり性と愛の未来について考えてみようと思います。

◆生活保障としてのセクサロイド

 コロナ禍によって世界中の人々が互いに接触を避けるようになりました。この風潮を受け、中国のラブドール産業がグローバルな需要に応えるべく急成長をみせています。

コロナ禍で中国のラブドール製造業が急成長「アメリカとヨーロッパが最大の市場」「ラブドールこそ平和の使者」 : ホビログ フィギュア・プラモ情報
20/08/10(月)23:02:13 No.762666501新型コロナウイルスのパンデミックで、世界経済は大幅に落ち込んでいるが、そのよう状況下でも好調な業種がある。その一つが中国のラブドール製造業者だ。(中略) Aibeiの総支配人である陸氏はサウス紙に対して、「中国文化は比較的保守的

ラブドールとは、かつて「オランダ妻」を意味するダッチワイフと呼ばれていたものを言い換える表現。性的な目的を含む愛玩用の、等身大を基準にした人形のことです。ラブドールにAIを組み込んで、ある種の性的なアンドロイドにしたものはセクサロイドと呼ばれます。

 ラブドールが世界に普及し、産業が発達すれば、製造元の資金が潤沢になり、動かず話もしないラブドール(人形)ではなく、ユーザーの求めに応じて動き会話も可能なセクサロイド(アンドロイド)の開発も進むと考えられます。セクサロイド市場が拡大するときには、多様なユーザーの嗜好にあわせて様々な用途に特化したセクサロイドが開発されるのと並行して、どのような嗜好にもある程度は対応できる汎用型のセクサロイドも登場し、機能特化型か、汎用型か、でシェアが分かれる事態になるでしょう。

 この分断状況は、機能特化型セクサロイドの特化具合に個別には応じられないにせよ、ユーザーを一定数満足させることに成功する高機能汎用型モデルが登場することで、最終的には汎用型がシェアをほぼ独占することになります。これは例えばスマートホンが登場する前にさまざまな機能に特化したフィーチャーホンがたくさん作られたことと相似形の現象です。

 そしていまアップル社のアップルウォッチやテスラ社の自動運転車がそうであるように、高機能汎用型セクサロイドは富裕層がステータスを誇示するためのアイテムの仲間入りを果たすことになるでしょう。

 この状況で、面白くないのは性的に抑圧され、孤独に生きていかざるを得ない、ニューノーマル下の非富裕層の人々です。彼ら彼女らは、かつて古代ローマの市民が「パンとサーカス」を為政者に求め、それが不足した時は暴動という形で応答しようとしたように、セクサロイドの支給を求めて不満を露わにするのです

◆個人情報の取得→政治に反映

 セクサロイドを所持できないことに対する非富裕層の不満は、行政による生活保障にセクサロイド支給を組み込むことを要請するようになるでしょう。家電が普及する際に言われる「一家に一台」のように、人々の家庭に「一家に一体」あるいはスマートホンやスマートウォッチのように「一人一体」のセクサロイドが支給される未来が訪れるのです。

 性的な快楽を離れて性行為を捉える場合、もっとも重視されるのは生殖(人間の再生産)です。性行為の快楽をセクサロイドが代替するようになれば、人々はますます子作りを避け、子育ての負担を避けるようになります。少子化が加速し、国や自治体は労働力の枯渇に悩まされるようになります。

 現在も少子化対策や不妊問題の解決策として利用される代理母制度がここにきて救国の策として浮上するかもしれません。しかしここで母体(母胎)を提供する人々の身体が搾取されるようなことは避けなければならないので、代理母不要の再生産技術も開発される必要が出てきます。

 男性にも女性にもひろくセクサロイドが普及するようになると、かつて大邸宅の使用人や奴隷が家具のように主人から無視されていたように、セクサロイドたちは家電として家庭生活の眺めのなかに埋没していくことになるでしょう

 その頃には、空調、冷蔵庫、洗濯機、ゴミ箱、トイレなどあらゆるものがIoTによって結びつき、人々の生活からデータを吸い上げ、よりよい生活を実現するべく活用されています。家電として日常の一部に溶け込んだセクサロイドもまた、このネットワークに組み込まれるのです。

 人々の生活からどのようなデータを、いかにして取得するのか、そして取得したデータをどう活用するのか、その仕組みをどう設計するのかということは、もはやメーカーだけで完結できる議論の枠を超えて、地域共同体の方向性に根底からかかわってくるようになります。各国で、セクサロイドをどう活用するのか、その政策を掲げる「セクサロイド党」が登場してきます。登場した当初は話題性先行のイロモノ扱いをされることは免れ得ませんが、ユーザー=有権者たちの欲望にダイレクトに結びついているセクサロイドを政治に活用しようという目論見は徐々に真剣な支持を集めるようになるでしょう。

 このように、セクサロイドが普及し、そこから集めるデータを活用しようという動きが政治のレイヤーでもウェイトを占めるようになる頃には、セクサロイドに組み込まれるAIのスペックも非常に高いものになっていると考えられます。

 人々がプライベートな領域で漏らす欲望に紐づいた呟き、全身運動にともなって計測される様々な生体情報が集積され、セクサロイド党が運用できるデータの深さと量は次第にきわめて強力なものになっていくでしょう。これらの膨大なデータに基づいて、セクサロイド党は政治のレイヤーで極めて強い存在感を示すようになるはずです。

◆セクサロイドオリエンテッドセクシャリティ(SOS)

 現代のスマートホンのように誰もが当たり前に所有するようになったセクサロイドは、先に触れたようにある種の家電として日常に溶け込んでいきます。そのような日常が当たり前のものになった社会では、性的欲求は空腹感や尿意や便意、眠気のようなごくありふれた、個人の裁量で満たすことのできるものになっていきます。子作りによってイエの制度を維持しなければならないとして先行世代や社会からプレッシャーを受けるという、現代では当たり前の現象は、セクサロイドの普及に対してマイナスに働くため、セクサロイド党によって解決されるべき問題として社会に共有されることになるでしょう。

 生殖の問題は性と快楽の問題にとって無視できない課題ではありますが、それはそれで長い議論が必要になるため本稿では深く立ち入ることは避け、別の機会にあらためて論じたいと思います。

 生殖は、いわゆる男性と女性の異性カップルを必要とします。生殖の課題がセクサロイドの普及によって家庭の日常からみて別枠のものとして捉えられるようになった社会では、男性と女性の異性カップルを性的快楽の標準的な条件としてみなさなくなるかもしれません

 男女という異性カップルが標準でなくなると書くと、同性カップルや1対1の「カップル」を標準とする性的快楽を嗜好することが当たり前になる、と考えてしまいがちです。しかしおそらく、セクサロイドが普及している社会でもっとも標準的になる性的嗜好はセクサロイドを嗜好するというものになるでしょう。セクサロイドオリエンテッドセクシュアリティ、略してSOSがその社会の一般的な性的嗜好になるということです。

 「セクサロイドオリエンテッドセクシャリティ」とひとくちに書いてしまうと、現代において「標準的な」つまりマジョリティのセクシャリティを生きていると思っている人々が思い描く「マイノリティ」が画一的なように、SOSもやはり画一的なものだと思われてしまうかもしれません。

 たしかにヘテロセクシャルを前提にしてセクサロイドを想像すれば、男性が求めるセクサロイドは女性型であり、女性が求めるセクサロイドは男性的だと思われるでしょう。

 しかし機能特化型ではなく汎用型のセクサロイドが普及していくことを考えると、男性型セクサロイドや女性型セクサロイドを特化型として生産するよりも、どちらにも転用可能な汎用機が開発され、それをいわゆる男性として扱うか女性として扱うかはユーザーの嗜好に合わせるという使い方が求められるようになるはずです。

◆SOSオリエンテッドセクサロイド(SOS OS)

 SOSが社会の標準になる、ということは、相対的に人間同士で互いを性的対象にするという非SOSはマイノリティ化するということでもあります。つまり人間同士が性的に愛し合うということは、かつて同性愛や、生殖につながらない各種のいわゆる「変態」プレイがそうみなされていたような異端的な扱いの対象になるということです

 SOSが一般化していく過程、人間同士の性愛が異端視されるようになっていく過程で、セクサロイドはもはや人間の姿を模した「人形」という制約からやがて解放されていくでしょう。高機能汎用型セクサロイドは、SOSに対応した次世代型セクサロイドへと変貌を遂げます。セクサロイドオリエンテッドセクシャリティ(SOS)を対象とするセクサロイド、つまりSOS OSです

 セクサロイドは家庭の日常に溶け込んで家電群の一部になっているので、セクサロイドとの性行為はもはや「家と愛し合う」ことと同じ意味を持つようになります。セクサロイドは他の家電と連携し、ARやVRを駆使したMRによって、家の主人である住人との性行為を、もしかしたらさまざまな家事の遂行と日もづけるようになるかもしれません。つまり住人(=ユーザー)は、セクサロイドとの性愛による悦楽を貪りながら、種々の家事をこなしていくことになるのです。この結果、生活の質(QOL)は向上していくでしょう。またその際に得られた各種データはクラウドに蓄積され、セクサロイド党による行政に役立てられることになるので、QOLは地域共同体レベルで改善を繰り返していくことになります。

 セクサロイドの導入によって、ユーザー(=住人)の個々人単位のQOLが改善されるだけでなく、地域共同体単位でQOLが改善されるということは、その地域共同体が運用する都市がまるごとセクサロイドを組み込んだスマートシティになっていくことを意味します。

 現在でも、静岡県裾野市がトヨタと連携してすすめているスマートシティ計画「ウーヴンシティ」構想があります。このような都市は、スマートシティ構想による町おこし的な側面があります。セクサロイド党が支配するセクサロイドスマートシティも、セクサロイドが組み込まれていることを売りに都市の住民獲得を画策することになるでしょう。

◆SOSOSシティがモデル都市になる未来

 人間や他の生物を対象にするわけではなく、セクサロイドを性的対象とするセクサロイドオリエンテッドセクシャリティ、それに対応する次世代型セクサロイド(SOS OS)を基盤とする都市つまりSOS OSシティでは、非SOSな性的嗜好を持つ旧型の人間がマイノリティとなり排斥されるようになります。

 非SOSな人々は、地域共同体への貢献が相対的に低く、彼らに対する社会保障は、セクサロイドによる情報集積の観点からみて非効率だからです。

 このような、非SOSな人々を疎外するSOS OSシティは、住民の満足度が高く、また恣意的で汚職による非効率な行政もないため、いわゆる生産性が高くなることが予想できます。地域を超えた国家的スケールで考えても、SOS OSシティは無視できない存在感を持つようになり、やがてSOS OSシティはその国家のモデル都市にされることでしょう。

 かつて自ら先進的な文明と任じ、後進的だと見做した領域に暮らす人々を「啓蒙」し導こうとしていた植民地時代の欧米のように、SOS OSシティをモデル都市とする国家は、非SOSな人々が多く暮らす地域を亢進的と見做し、その地域を「啓蒙」し「開発」しようとするでしょう。

 そのとき、現代のわたしたち(ひとまずマジョリティだと思われる)「人間同士が性愛の対象である」というセクシャリティをもつ人々にとって、「愛とは何か」という問いは、史上もっとも苛烈なかたちで、人類に降りかかってくるのです。

永田希
書評家/時間銀行書店店主。
週刊金曜日書評委員。
『積読こそが完全な読書術である』(イースト・プレス)を2020年4月刊行。

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